
岐阜市の街とともに生きる ― 圓龍寺の大イチョウを訪ねて
こんにちは、岐阜市の美濃善不動産で不動産管理の仕事をしているスタッフです。日々、街を歩きながら物件を見たり、お客様に地域の魅力をお伝えしたりしています。そんな私が今回ご紹介したいのは、岐阜市大門町にある圓龍寺の大イチョウです。
不動産の仕事をしていると「この街に住みたい」と思っていただくために、物件だけでなく周辺環境や地域の歴史も知っておくことが大切です。圓龍寺の大イチョウは、まさに岐阜市の歴史と文化を象徴する存在。管理駐車場巡回の仕事の合間に訪れてみたところ、心に残る体験となりました。

圓龍寺とは
圓龍寺は真宗大谷派の寺院で、創建は平安末期の応保2年(1161年)と伝えられています。山号は「一乗山」、本尊は阿弥陀如来。長い歴史の中で地域の人々の信仰を集め、教育の場としても機能してきました。明治初期には小熊学校が設立され、本堂が教場となり、後に明徳小学校の前身となったそうです。震災後には金華小学校の仮校舎としても使われ、寺院は地域社会の拠点でもありました。

大イチョウの迫力
境内に入ると、まず目に飛び込んでくるのが一本の巨木。樹齢約500年、高さ約30m、幹周約6m、枝張り約21mという堂々たる姿です。岐阜市指定天然記念物にもなっており、秋には黄金色に染まった葉が境内を覆い尽くします。
私が訪れたのは11月下旬。ちょうど見頃で、境内は柔らかな黄色の光に包まれていました。落ち葉が絨毯のように広がり、歩くたびにサクサクと音を立てるのも心地よい。仕事の疲れも忘れ、ただその美しさに見入ってしまいました。

火伏せ銀杏の伝承
この大イチョウには「火伏せ銀杏」という伝承があります。明治24年(1891年)の濃尾大震災の際、岐阜市内は大火に見舞われました。寺の近くまで火が迫った時、大イチョウから水蒸気が発せられ、火の勢いを食い止めたと伝えられています。寺の過去帳にも「吾寺の銀杏より水気を発す、火近くまで来るも遂に南進を中止す」と記録されているそうです。
不動産の仕事をしていると「災害に強い街かどうか」という視点も大切になります。圓龍寺の大イチョウは、まさに地域を守った象徴。こうした歴史を知ると、街への愛着が一層深まります。

学生たちと銀杏
圓龍寺の前には鶯谷高校や中学校があり、ちょうど授業を終えた生徒たちが門前を通り過ぎていきます。彼らにとっては日常の風景かもしれませんが、500年もの時を生き抜いてきた大イチョウは、毎日その姿で若者たちを見守っています。
街に住む人々の生活と歴史が交差する場所――不動産会社のスタッフとして「ここに住むとこんな風景が日常になるんですよ」とお客様に伝えられるのは、とても魅力的だと思いました。

街の資産としての大イチョウ
不動産の世界では「資産」という言葉をよく使います。土地や建物だけでなく、街の文化や自然も大切な資産です。圓龍寺の大イチョウは、岐阜市にとってかけがえのない資産であり、地域の誇りです。
例えば、物件を探している方に「近くには樹齢500年の大イチョウがあるんですよ」とお話しすると、街の魅力がぐっと伝わります。住む場所を選ぶとき、こうした文化的背景は大きな決め手になることもあります。

秋の散歩を終えて
境内の鐘楼を眺めながら、私はしばし大イチョウの下で佇みました。黄金色の葉が舞い落ちる中で、過去と現在が交錯するような不思議な感覚に包まれました。
不動産の仕事は数字や契約に追われることも多いですが、こうして街の歴史や自然に触れると「この街で暮らす価値」を改めて実感します。圓龍寺の大イチョウは、ただ美しいだけでなく、地域の歴史や人々の暮らしを支えてきた証人でもあります。
岐阜市に住む方、これから住もうと考えている方にとっても、この大イチョウは心の拠り所になるはずです。ぜひ一度、圓龍寺を訪れてみてください。きっと、あなたの心にも静かな響きを残してくれるでしょう。
まとめ
岐阜市の不動産会社スタッフとして街を歩く中で出会った圓龍寺の大イチョウ。樹齢500年の巨木は、地域を守り、人々を見守り続けてきました。街の魅力を伝える上で、こうした存在を知っていることは大きな強みです。
岐阜市に住むことを検討されている方には、ぜひ「火伏せ銀杏」の物語も含めて、この街の魅力を感じていただきたいと思います。

近くにあるおすすめ物件




